St.Gallen コンセンサス 2007 の重要事項

 スイスのザンクトガレン(St.Gallen)において開催された、第10回早期乳がんの初期治療に関する国際会議(2007年3月)で合意された初期治療に関する推奨事項は、下記のとおりです。
 基本的な考え方は、まず、リンパ節転移や腫瘍径等によるリスク分類を行い、ホルモン反応性(感受性)・HER2発現状況・閉経状態ごとに治療法を選択するというものです。
1 リスク分類

リンパ節転移
なし

・病理学的腫瘍径2cm以下
・グレード1
・腫瘍周囲の広範な脈管侵襲なし
・HER2/neu過剰発現なし
・ホルモン反応性(ER、PgR両方
 あるいは片方)あり
・35歳以上
左記のすべてに該当する
A.低リスク
左記のうち1つ以上
当てはまらないものがある
B.中リスク

リンパ節転移
1〜3個


・HER2/neu過剰発現がない
・ホルモン反応性(ER、PgR両方
 あるいは片方)あり

左記の両方に該当する
C.中リスク
左記のうちどちらか
1つ以上に当てはまらない
D.高リスク
リンパ節転移4個以上
E.高リスク
  1. 病理学的腫瘍径とは、切除した腫瘍の浸潤成分の大きさ(最大直径)を指す
  2. グレードは、組織学的または核異型度(正常な細胞核との違いの度合い)のこと
  3. 腫瘍周囲の広範な脈管侵襲とは、手術で切除した部分に含まれるリンパ管や血管の中に、沢山のがん細胞が詰まっている状態(塞栓)が少なくとも2つ以上の標本ブロックで観察される場合
  4. HER2/neu遺伝子の増幅(HER2タンパクの過剰発現)は、正確にはFISH法(遺伝子の検査法の一つ)などの質の高い解析で判定する必要がある
  5. 「B.中リスク」に分類されるもののうち、髄様がん、アポクリンがん、粘液がんなどの特殊型は、ホルモン非反応性であっても低リスクに分類される
  6. 「B.中リスク」に分類されるもののうち、腫瘍径が1cm未満であれば、グレードが高い、あるいは年齢が35歳未満だったとしても、低リスクに分類されるという意見あり
2 治療法の選択
(1)治療法の原則は、以下のとおりです。
高度ホルモン反応性:腫瘍細胞の過半数で、エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプターが高度に発現をしている 不完全ホルモン反応性:エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプターの発現が低い、または、どちらか一方しか発現していない ホルモン非反応性:エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプターともに全く発現していない
HER2
陰性
ホルモン療法
リスクに応じて化学療法の追加を検討
ホルモン療法
リスクに応じて化学療法の追加を検討
化学療法
HER2
陽性
ホルモン療法
+トラスツズマブ ※
+化学療法
ホルモン療法
+トラスツズマブ ※
+化学療法
トラスツズマブ ※
+化学療法
 ※ただし、腫瘍径が1cm未満でリンパ節転移がない場合は、HER2陽性であってもトラスツズマブは標準治療とならない

(2)リスク分類ごとに推奨される治療法を、HER2・ホルモン反応性・閉経状態別に示すと、以下のとおりとなります。
GnRHアナログ=LH-RHアゴニストのことで、ゴセレリン(商品名:ゾラデックス)とリュープロレリン(商品名:リュープリン)がある。
アロマターゼ阻害薬=アナストロゾール(商品名:アリミデックス)、エキセメスタン(商品名:アロマシン)、レトロゾール(商品名:フェマーラ)がある。
卵巣機能抑制=卵巣除去、卵巣への放射線照射、LH-RHアゴニストによる薬物的・可逆的機能抑制を含む。
トラスツズマブ=分子標的治療薬に分類される薬で、ハーセプチン(商品名)のこと。
HER2陰性の場合
ホルモン反応性 高度反応性 不完全反応性 非反応性
閉経状態 前および後
低リスク ホルモン療法
(タモキシフェン、GnRHアナログ)
ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
ホルモン療法
(タモキシフェン、GnRHアナログ)
ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
中リスクのうち
リンパ節転移が
ないもの
ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
もしくは、
化学療法→ホルモン療法(注1)
ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
もしくは、
化学療法→ホルモン療法
(注1)
化学療法→ホルモン療法(注1)
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
もしくは、
ホルモン療法のみ
化学療法→ホルモン療法
(注1)
(アロマターゼ阻害剤、
タモキシフェン)
もしくは、
ホルモン療法のみ
化学療法
(注2)
中リスクのうち
リンパ節転移が
あるもの
ホルモン療法
(タモキシフェン、卵巣機能抑制)
もしくは、
化学療法→ホルモン療法
ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
もしくは、
化学療法→ホルモン療法
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、卵巣機能抑制)
もしくは、
ホルモン療法のみ
化学療法→ホルモン療法
(アロマターゼ阻害剤、
タモキシフェン)
もしくは、
ホルモン療法のみ
高リスクのうち
リンパ節転移が
1〜3個のもの
化学療法
高リスクのうち
リンパ節転移が
4個以上のもの
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、卵巣機能抑制)
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、卵巣機能抑制)
化学療法→ホルモン療法
(アロマターゼ阻害剤、
タモキシフェン)
化学療法
(注1)腫瘍径1cm未満であれば、低リスクに分類する(化学療法は不要)という意見あり
(注2)小さな腫瘍(1cm未満)や、髄様がん、アポクリンがん、粘液がんなどの特殊型は、低リスクに分類されるという意見もあり、化学療法は不要(無治療)という選択肢もありうる
HER2陽性の場合
ホルモン反応性 高度反応性 不完全反応性 非反応性
閉経状態 前および後
低リスク
中リスクのうち
リンパ節転移が
ないもの
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
+トラスツズマブ
(注3)
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
+トラスツズマブ
(注3)
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
+トラスツズマブ
(注3)
化学療法→ホルモン療法
(アロマターゼ阻害剤、
タモキシフェン)
+トラスツズマブ
(注3)
化学療法
+トラスツズマブ
(注3)
中リスクのうち
リンパ節転移が
あるもの
高リスクのうち
リンパ節転移が
1〜3個のもの
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
+トラスツズマブ
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
+トラスツズマブ
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
+トラスツズマブ
化学療法→ホルモン療法
(アロマターゼ阻害剤、
タモキシフェン)
+トラスツズマブ
化学療法
+トラスツズマブ
高リスクのうち
リンパ節転移が
4個以上のもの
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
+トラスツズマブ
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
アロマターゼ阻害剤)
+トラスツズマブ
化学療法→ホルモン療法
(タモキシフェン、
卵巣機能抑制)
+トラスツズマブ
化学療法→ホルモン療法
(アロマターゼ阻害剤、
タモキシフェン)
+トラスツズマブ
化学療法
+トラスツズマブ
(注3)ただし、腫瘍径が1cm未満の場合はトラスツズマブは標準治療とならないという意見あり
  • パネリストの多くは、ホルモン反応性で閉経後の場合のホルモン療法の選択肢として、5年間のタモキシフェン単独療法が依然重要な治療選択肢であると回答しています。しかし、最も支持を得た選択肢は、2〜3年間のタモキシフェン使用後にタモキシフェンからアロマターゼ阻害剤へ切り替えるというものでした。
  • 閉経後の術後ホルモン療法の期間は5年から10年が適切とされました。
  • 閉経したばかりの患者でアロマターゼ阻害剤を使用する場合は、卵巣機能のチェックを十分に行うことが必要です。アロマターゼ阻害剤のために、卵巣機能が復活する可能性があるためと考えられます。
  • アロマターゼ阻害剤使用の際には、骨密度の評価を行い、骨密度の減少や治療関連症状(関節痛など)を軽減するために、カルシウムやビタミンDを使用したり、特に運動したりすることが必要と指摘されています。
  • 閉経前の患者に対するホルモン療法は、タモキシフェンと卵巣機能抑制の併用またはタモキシフェンの単独療法が適切であるとされました。また、妊娠を希望している場合は、エビデンス(臨床試験などによる検証結果)はないものの、ホルモン療法としてはGnRHアナログによる卵巣機能抑制のみという選択肢も妥当であるとされました。
  • 卵巣機能抑制の方法としてはGnRHアナログ(ゾラデックスやリュープリン)が最も良いとされますが、GnRHアナログ単独では、患者によっては卵巣機能を完全に抑制できないことも覚えておく必要があるとのことです。
  • 通常は2〜3年が標準とされているGnRHアナログの投与期間については、エビデンスは少ないものの、再発リスクが高い場合やHER2陽性の場合には5年間が望ましいという意見が多く、低リスクの場合も含めてすべての患者で5年という意見は少数でした。
  • 閉経前患者にアロマターゼ阻害剤を単独で使用することは適切ではありませんが、卵巣機能抑制と併用することについては、現在まだ臨床試験中であるものの、タモキシフェンの投与が禁忌の場合には選択肢となりうるとされました。
  • トラスツズマブの投与期間は、現時点では1年間が標準的であるとされました。
  • 化学療法のレジメンについては、突出して支持を得たレジメンはありませんでしたが、アンスラサイクリン系の薬剤(ドキソルビシンやエピルビシン)を使用することについては、大多数のパネリストが賛同しています。
《ザンクトガレン2005からの参考情報》
  • ホルモン非反応性で中リスクの場合の化学療法として、ACおよびCMFは除外すべきであるとの意見があった。
  • タモキシフェンと化学療法を両方適用する場合、化学療法が完了するまではタモキシフェンを開始するべきでない(同時に投与すべきではない)。ただし、閉経前である場合には化学療法と卵巣機能抑制の同時併用は許容される。特に進行がんや術前療法の場合は効果があるとする研究がある。
  • ホルモン反応がある場合の化学療法の基本は、アンスラサイクリン系の薬剤を用いた治療法で、4サイクルのACが適切とみなされた。
  • ホルモン受容体が強く発現している場合は、ホルモン療法(タモキシフェンなど)に化学療法を追加するメリットがほとんどない。逆にホルモン非反応性の乳がんの場合は、化学療法に対する反応が良いという結果があり、強い抗がん剤ほど効果が高くなっている。ただし、ホルモン反応がある場合には、抗がん剤を強くしても効果はほとんど変わらない。ホルモン反応の程度が高いほど、化学療法追加の利点は少なくなる可能性がある。
  • CMFを除く化学療法は、放射線治療との併用を推奨されない。放射線照射は化学療法終了後に行うこととなる。
  • ホルモン反応のない場合には、手術から3〜4週間以内に化学療法を開始すべきである。
化学療法のレジメン(薬剤の投与法)
AC ドキソルビシンまたはエピルビシン+シクロホスファミド
CMF シクロホスファミド,メトトレキサートおよび5−フルオロウラシル
FEC 5−フルオロウラシル,エピルビシンおよびシクロホスファミド
FEC100 5−フルオロウラシル,エピルビシン100mg/m2およびシクロホスファミド
TAC ドセタキセル,ドキソルビシンおよびシクロホスファミド
CAF シクロホスファミド,アドリアマイシンおよび5−フルオロウラシル
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